ある日のある人、午前5時

ある日のある人

その人は朝、5時2分にベッドから抜け出した。

目覚ましは5時に鳴るようにセットされている。いつものことで、意識があるような、ないような、おぼろげな状態で目覚ましを止めた。もう少し寝ていたい。そう思いながらも、5時2分に布団から抜け出した。

階段をゆっくりと下り、固くなった足首をストレッチするような感じで、一段ずつ、暗い階段を確かめながら下っていった。

リビングの扉を開け、中に入ると、明かりのスイッチを入れた。電球色のLEDが光る。外が暗いためそれほど眩しくも感じない。ダイイングテーブルの上にあるリモコンを手に取り、ソファーに投げる。いつもならテレビのスイッチを入れるところだが、今日はそうしなかった。

ソファーの上にあぐらをかくと、瞑想を始めた。深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。何回か吸って、吐いてを繰り返し、普段の呼吸に戻した。心を落ち着け、黙って座る。今日の予定やら、昨日の出来事など、頭をめぐる。いちいちそういうことを頭から追い出そうと必死になる。そうではない、と思いながらもそうしてしまう自分を少し残念に思った。ただただあるがままを見つめていたかった。

5分ほど座り、目を開けた。テレビのリモコンを手に取り、スイッチを入れた。いつも見ているチャンネルと違うチャンネルが映った。すぐにいつものチャンネルに切り替えた。

朝のニュースが流れていた。このニュースのアナウンサーが気に入っている。整った顔立ちではあるが、美人すぎず、安心できる。今日の衣装はよく似合っていて、また安心した。ニュースでは、震災から10年の区切りの特集で、福島の食材のことを伝えていた。感染者数がどうだとか、緊急事態宣言が拡大されたとか、言っていた気がするが、あまり興味が持てず、それでもぼーっとニュースを見ていた。

30分になると、猫の自動餌やり機が動き、1食分のドライのペットフードがこぼれるように皿に落ちてきた。餌が落ちるか落ちないかという素早さで猫が寄ってきた。一心不乱に餌に貪りついていた。

まだニュースを見ていたが、25分頃から天気予報を伝えている。今日は昨日よりは暖かくなるようだった。猫の餌が流れ落ちると同時に、ニュースは区切りがつき、もう一度今日のトップニュースから伝えているようだった。相変わらず、見ているような、見ていないような、内容が頭に入ってきていない。携帯を手に取り、ネットのニュースをチラ見した。

アイドルがこんな服を着て写真を投稿しただとか、ステキというコメントが寄せられているとか、誰がそんなニュースを読んで、何を感じたら良いのだろう、と思う一方で、どんな人が、どういう顔をしてこの記事を書いているのだろうかと気になった。この記事を書いた人は、このサイトからいくら貰っているのだろうかとか気になっていた。餌を食べ終わった猫が、あぐらをかいている膝の中に潜り込んできた。

ニュースに飽きた頃、FXのアプリを開き、状況の確認をした。劇的に増えもせず、減りもせず、という状況に、不満と安心が入り混じった感情を感じていた。猫が膝の中に居座り、足に少し、しびれを感じていた。

45分になると、未だに膝の上に居座る猫を横にどかし、立ち上がった。

いつもどおりキッチンに向かい、朝ごはんの準備を始める。まずは洗いカゴに残った前日の食器を拭き上げて、食器棚に戻す。部屋の中は乾燥していてよく乾いていたが、食器の凹んだ部分などに水滴が残っていた。それを拭き上げながら、できるだけ効率よく食器棚に戻していく方法を考えながら、手に取る順番を考え、棚に並べる前に重ねたりしていた。

5分ほどで片付き、次はシンクに残された前日のグラスや水筒を洗う。グラスを2脚、水筒を2つ、急須を1つ、スポンジに洗剤を付け、こすった。急須に残ったお茶っ葉が流れていく。ゴミ取りネットのおかげで、排水菅にまでは流れることはない。泡だらけの食器を、そろそろ温かくなってきた水道水で流し、洗いカゴへ並べる。できるだけ乾燥しやすいように並べていった。

そうしているうちに、その人は午前6時を迎えた。

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